「青海波」に寄せて ― 源氏物語の世界とともに舞った記憶
『源氏物語』紅葉賀巻にはこんな一節があります。
「源氏の中将は青海波をぞ舞ひたまひける…」
先帝の五十の賀にあたり、光源氏と頭中将が並んで舞を披露する、優雅で華やかな名場面です。
二人で舞う「青海波」は、舞楽の中でも特に気品高く、装束もこの舞のためだけに誂えられています。青海波文様に百余匹の千鳥を刺繍した袍、半臂、下襲、金帯、踏掛、そして太刀――。
まるで平安の雅がそのまま形になったような、格別の佇まいを纏います。
恥ずかしながら、私もかつて京都でこの「青海波」を数度舞わせていただいたことがあります。並びの位置は頭中将。紫式部が描いた美貌の貴公子にはとても及びませんが、それでも世界観を壊すまいと、当時の貴族であればどう舞うのか、どう息づくのかを想像しながら稽古に向き合っていました。
あの舞台に立つと、装束の重み、雅楽の音、舞台の空気――すべてが『源氏物語』の世界と静かにつながるような感覚がありました。観に来てくださる方の中には源氏物語ファンも多く、物語の一場面を現代に生きる私たちが受け継いでいるのだと思うと、不思議な責任感と幸せが入り混じったものです。
今思い出しても、あの時間は私にとって特別な宝物です。
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