骨仏さまの郡家興正寺別院
香川県には2つの興正寺別院があります。そのひとつは丸亀市にある郡家興正寺別院で「骨仏さまの郡家別院」として親しまれています。
興正寺第27世本寂上人は、讃岐の地をご巡化され、門信徒教化に勤められました。明治10年(1877)12月12日にご往生され、上人を追慕する、偲ぶ西讃の門信徒によってご遺骨が分骨されました。上人のご遺骨を安置するために、丸亀市郡家町の地に廟所(納骨堂)を建立したことが始まりです。そして明治22年(1889)に郡家興正寺別院と号すことになりました。
大正元年(1912)11月19日に興正寺第28世本常上人がご往生され、翌年には本寂上人の廟へ本常上人ご遺骨の分骨法要が勤められました。
その後、有縁の方々の願いにより、お納骨でお預かりしたお骨を仏様の形にした第1体目の骨仏が昭和元年(1926)に造立され、現在は8体の骨仏が安置されています。
来年になりますが、令和9年5月16日(日)には新たに9体目をお迎えして郡家興正寺別院「骨仏慶讃法要」を勤めます。法要の合間には和鳴会によります舞楽奉納もございます。
どうぞお参りください。
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ひさびさにいただきました。
ゴールデンウィーク中にご法事をされたご門徒さん宅でうどんをいただきました。
以前にもブログでお話ししましたが、香川県の中讃(丸亀市、善通寺市、多度津町、琴平町、まんのう町辺り)では、ご法事される門徒さん宅に行き、仏間にあるお仏壇に「南無阿弥陀仏」と手を合わせ、施主の方やご法事来られている方にご挨拶し終わると、「おうどんありますよ!」とか「うどんお食べになりますか?」と聞かれます。「いただきます!」と答えますと、おうどんが用意されます。お茶よりもまず先にうどんが出されます。
中讃でうどんをご用意するほとんどのご家庭での法事のうどんは湯だめです。もう何年も前の話ですが、蓋つきの黒塗りのお椀の中にうどんを盛り、お膳用のお盆にのせてご用意されていましたご家庭もありました。
ご法事のおうどんはお店では味わえないおいしさがありますし、おうどんをいただいてからのお勤めは少し元気をいただく気分にもなります。
時代の流れもありますが、無くなっては欲しくない、さぬきのご法事のおもてなしです。
(注:画像は湯だめうどんではなくかけうどんです。)
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雅楽が流れる法要
まずは一杯
一般的にご法事に招かれた方は、まず最初に施主さま宅のお仏壇前で手を合わせて施主さまや参列している皆さまにごあいさつをした後はお茶が出されるかもしれませんが、香川県内のご門徒さん宅で行われるご法事ではお茶より先にうどんが振る舞われるところがあります。
それは特に中讃地域あたりで出され、多くのお宅では「湯だめ」という食べ方でうどんがご用意されます。随分以前は県内の他の地域でも振る舞われていたそうです。
私自身、どのような理由でうどんが振る舞われはじめたかは定かではないですが、法事のたびに振る舞うご家庭もあったり、地域にもよりますが、各家庭の宗派(浄土真宗、真言宗など)の年忌によって振る舞うタイミングが異なったりする場合もあるそうです。
コロナ禍でうどんが振る舞われることが以前よりも減りつつはありますが、「うどんを頂いてからお勤めが始まる」、うどん県と言われる香川県らしいご法事です。
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秋の永代経法要シーズン
9月に入ると、浄土真宗の寺院では永代経法要がお勤めされます。しかし、今年もコロナ禍の為、香川県内でもまん延防止等重点措置が適応され、各お寺の状況などによっては中止や内勤めになっております。
コロナ禍以前は和鳴会に所属する寺院でそれぞれのお寺へ参って、お勤めをしたり、法要に応じて雅楽も演奏しておりました。お寺の場合、雅楽は演奏や舞楽のためだけではなく、法要に出勤している導師や法中(ほっちゅう=お坊さん)の動作の中で演奏される時があります。主に導師がご本尊の手前にある正方形の畳の所(礼盤・らいばん)に上がる時と下りる時、そして本堂の内陣(ないじん)や余間(よま)に出勤している僧侶が本堂内から退出する時です。
すべての寺院で行われてはいませんが、参詣者の皆さまが安心してお寺にお参り出来るように努めながら、またいつか雅楽が奏でられる法要が出来たらと思っております。
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